あの日から一年が経ちました・・・・

昨晩から鳴子温泉にいます
そう、一年前の今日 朝8時43分
ここから30㎞ぐらい北
宮城県北部栗原市から岩手県南部にかけて
その大災害は起こりました・・・・
未だに8人の方が行方不明のままです
通行不能な道路や災害復旧が未だ済んでいない地域も数多く残っています・・・・

丁度最も被害が大きかった場所の近くにいて
もう30分も遅れていれば自分の命もどうなっていたことか・・・・

鳴子で行われたイベントを語る前に
岩手宮城内陸地震でお亡くなりになられた方々
未だ行方不明の方々のご冥福をお祈りいたしますとともに
被災地域の一日も早い復興を願って止みません・・・・
コメント
あれから一年ですね。
地震は一瞬のことでしたが、まだまだ残るもの、
消えないものがあるのですね。
私も思い出すのは、
確か「北へ」とお出かけになったはずのtomatoさんの身が心配になったこと、
第六感なんて私にはないはずですが、、何か近くに向かわれている気がして。。
あの日、強い(運)と冷静さをお持ちのtomatoさんを知った日でもありました。
未だ行方不明の方々には、胸が痛みます。
鳴子の明日へと繋がるイベントだったのでしょうね。
投稿: naoko | 2009年6月14日 (日) 22:54
♪naokoさん、連投ありがとうございます
そうなんです。早いものです。
被害者の数こそ相対的には少なかったものの
がけ崩れなどは類を見ないほど甚大な被害が出ています。
山間部での地震の恐ろしさをまざまざと見せつけられました・・・・
あの日は、吸い寄せられるように栗駒山荘に向かいました。
予兆は何もなかったです。
「その日」とは、伏線もなく突然やってくるものなんでしょうね・・・・
鳴子では本日の午前中に、
イベント参加者により追悼のセレモニーが厳かに行われたようです・・・・
投稿: naokoさんへ | 2009年6月15日 (月) 00:04
早いもんで、もう1年前になるんですね。
被害に遭われた方、お亡くなりになられた方、まだ見つからない8人の方に何と言って良いのか判りません。
そして、tomatoさんの強い運を感じた1年前でした。
妻の実家から近い所で、場所も良く知ってる所です。
早く復興する事を願っています。
妻と何回も登った栗駒山も秋田側からしか登れないのですね。
早く宮城側、岩手側からも登れるようになると良いと思います。
投稿: あだっちゃん | 2009年6月15日 (月) 07:14
あれから一年経つんですね
災害は忘れた頃にって言いますけど
天災、人災と忘れる暇がないくらい
いろいろなことが起きますね
ハワイのキラウエア火山は
カムチャッカ半島に向かって
一年で8㎝から10cm近づいているらしいです。
茨城南部は地震の巣といわれていますが
故郷信州だって中央構造線、フォッサマグナ周辺
断層だらけ・・・
オーストラリアならどうかって
新インフルエンザが猛威を振るっているらしいし
困りましたね
慰霊祭でしょうか。ご苦労様です。
tomatoさんの強運と判断力の機敏さに
印象付けられた一年でもありました。
投稿: tarutaru | 2009年6月15日 (月) 16:04
こんばんは。
あの地震から一年がたったのですね。
いろいろな災害・事件が次々に押し寄せ、周りの人々の記憶はどんどんと
押し流されていくような感じさえあります。
しかし、大きな大きな自然の爪あとは今も残っていることを最近の報道を見て
思いました。
亡くなられたかたがたのご冥福と被害地の一日も早い復興を心からお祈りします。
「あと30分違ったら・・・」
とtomatoさんがおっしやっていたこと思い出します。
生きることの神秘、生かされていることの不思議さ、そんなことを
再認識しました。
投稿: こころ | 2009年6月15日 (月) 21:27
♪あだっちゃん、こんばんは~
早いもんです。一年って。
未だに激しい揺れが思い出されます。
記憶は意外と風化しないものなんですね・・・・
結果としては確かに運が良かったと思います。
ここはあだっちゃんもよく登山された場所でしたね。
未だに無残な姿をさらしている場所もあります。
一日も早い復旧が望まれますね・・・・
投稿: あだっちゃんへ | 2009年6月15日 (月) 21:43
♪tarutaruさん、こんばんは~
早いですね、一年って。
そうなんですよ。天災は忘れた頃にやってきますよ。
備えよ常に、が相言葉ですよ~
そうそう、何万年後にはハワイ諸島は日本の近くに来るんですよね。
でも、その分プレートが日本の下に入り込む。
そして、ある日それが跳ね上がったとき・・・・
想像するだけでも恐ろしいことですね。
逃げるところはないですね。
やはり一日一日を大切に生きることが肝要かと・・・・
慰霊祭には参加しませんでした。
イベントについては今しばらくお待ちくださいね・・・・
投稿: tarutaruさんへ | 2009年6月15日 (月) 21:49
♪こころさん、こんばんは~
はい、一年がたちました。
この間もいろいろな悲劇が繰り返されましたね。
自然災害だけでも多いのに人災もそれに輪をかけて多かった。
みんな疲れているのですね・・・・
今でも震災の爪跡を見るにつけ
悲劇の規模の大きさをが痛感されます。
ましてや未だに8名の方が見つからないなんて・・・・
そうなんです。この身は生かされている立場かと。
そう思えば、思いっきり生きて行こう、という気になれます・・・・
投稿: こころさんへ | 2009年6月15日 (月) 21:54
★★★★☆★★★★☆
★★★★☆★★★★☆
遅くなりました。
そうですか…あの日からもう一年も経ったのですね。
あの時は肝を冷やしました。あの時に道路の真ん中に
崩れ落ちた大きな岩の写真、今でもしっかり覚えています。
もちろん大変な被害が出たので、簡単に良かった…みたいな
話はできませんが、それでもあの時は「tomatoさんが無事で良かった」
と心から思いましたもの。
きっとちょっとしたタイミングで取り返しのつかない事に
なったと思うのですが、きっとあの状態で無事であったのは
何かがtomatoさんを守ってくれたような気がします。
実際に被害に遭われた方沢山いらっしゃるので、心の痛みます。
投稿: ナチョパパ | 2009年6月16日 (火) 08:29
♪ナチョパパさん、こんばんは~
そうなんですよ。早いものです、一年なんて・・・・
皆様にはご心配をおかけしました。
生かされた命をこの一年、何かのために役立たせてこれたのか、
はなはだ疑問ではあります。
運命なんて結果論だとは思いますが、
その結果として何ができたのかがとても大事であると痛感しています。
まだまだ復興の途中にある方がたくさんおられます。
自分だったら、どうしてるだろう。逃げ出しているだろうか。
考えさせられた一日でもありました・・・・
投稿: ナチョパパさんへ | 2009年6月16日 (火) 22:46
こんばんは!ご無沙汰してます。早いものです。一年でしたね。最近あっという間に月日が過ぎさる気が致します。早い復興をお祈りいたします。ではでは
投稿: えいねん | 2009年6月16日 (火) 23:12
早いもので、あれから一年…。
あの日、寝坊したおかげで難を逃れ、そして復興へ向けて微力ながら何か出来ないかとあがいてきました。
そんな日々を振り返りながら、1200年前には噴火による火砕流の被災地でもあった鳴子に同じく滞在しておりました。
行方不明の方々の発見と、被災地の復興を願ってやみません…。
投稿: ぽち | 2009年6月17日 (水) 02:34
♪えいねんさん、おはようございます
相変わらずお忙しそうですが、体調はいかがですか~
光陰矢のごとし、とは良く云ったものです。
藤子不二雄のマンガで、
月日の流れが速くなったと感じたお爺さん二人が
月が動くのがはっきり見えた、と自覚するまでに至る話がありました・・・・
投稿: えいねんさんへ | 2009年6月17日 (水) 07:06
♪ぽちさん、ご無沙汰しています
ぽちさんのこの一年、ブログでずっと拝見してきましたが、
本当に頭が下がる思いです・・・・
私たちが恩恵にあずかる鳴子のお湯。
これも、ある意味、地下の活動そのものであり、
地震や噴火などとは無関係ではないわけで
ギリギリの関係を続けているんだなあ、と
お湯のなかで考えることが多いこの頃です・・・・
投稿: ぽちさんへ | 2009年6月17日 (水) 07:12